デートの日
待ち合わせより少し早く着いた。飛鳥から
「お寝坊さんおはよう。今日は遅刻してないかな?」と字でメッセージが来たのに、
「今日は10分前には着くよ!」と返した。
「今日はえらいね。」
「ヒルトンの24階です。」
今日はヒルトンか。飛鳥が泊まるにはもう古い気もするが、前に僕が最新の設備にあくせくしていたからだろうか。相変わらず恥ずかしいような申し訳ないような気がするが、飛鳥の心遣いに僕は安心した。今日は親切なコンシェルジュの電源を強制的に落として、肝心なところで説明をぶちぎってしまうことは無さそうである。失礼なことをしてしまった彼に、心の中で詫びた。ロボットは無機物ではないのである。
目を上げると、阪急のショーウインドウが可愛らしく彩られていた。2月も終わろうとする、イースターを控えた季節である。あと1時間もすればこの広場は、永遠の絆を誓う友達と遊びに行く、若者で溢れるだろう。
「ショーウインドウが可愛いよ。」目線をしばらくそこに向けて、フアムを送った。
「ほんとだ。可愛いね。」飛鳥からまた字でメッセージが来た。
「私のグラス、会うまでのぞかないでね。」
12月にベルホヤンスクで会った時、僕は戸惑っていた。
真新しいホテルの部屋に入ると、飛鳥はもう出かける準備をしていた。
「服はこのへんで新調したの?」と聞くと、
「違うよ日本で買った」と飛鳥は笑った。
「でもロシアの服みたい」と言って僕も笑った。
仕事でロシアに来ていた飛鳥は、肘から先と胸元が柄入りのニット地になった少し深い緑色のブルゾンと、碧色のこちらも柄入りの細身のスカートに、やはり柄入りの明るい緑色のマフラーをしていた。
世界の時間的距離が短くなって、人々は自分の出自や旅先の文化を好んで表現するようになった。上下の柄がセットであったのかと思うほど相性が良く、エスニックな模様にみえたが、そうではなかったようだ。柄入りの服は飛鳥がファッション誌の誌面を飾るようになってから、ずっと好きで着ている気がする。その日みたいなエスニックな柄は、特に飛鳥が好きなものだった。好きなものを着ている彼女は美しかった。
「飛鳥らしい、素敵な服だね。どれも柄が入ってて難しそうだけど、似合ってる。」
「ありがとう。でも可愛いとは言ってくれないね。笑」素直に口にしたつもりが、もっと素直な気持ちが飛鳥から帰ってきた。
「今日のは可愛い感じにしたくて選んだわけじゃないんでしょ?笑」
「そうだけど、私は可愛いとも思って選んだんだけどな。」どうしてだろう。10代の頃のようなことを言うなと思った。
「ごめん、すごく可愛いとも思うよ。特にマフラーとか。緑色も似合ってる。でも一番は柄の組み合わせがすごいなって。だからカッコいい。」
「そっか。ありがとう。」
そう言うと飛鳥は僕の近くに寄り、マフラーで2人の首をくるむようにした。僕の身体を強くハグして、数秒間そのままでいた。
「いってきます。」
廊下で見送った後ろ姿はいつもと変わりなかった。
なにもかもずっと可愛いんだけどなぁ。
飛鳥が帰ってきたら僕からハグをしてちゃんと伝えようと思ったが、飛鳥はそのままヨーロッパに行くことになってしまい、その機会はなかった。
会って話すのはそれ以来である。
飛鳥のグラスへのアクセスを許可されているはずなのに、結局見れないのはいつものことだが、のぞかないでと念を押されるのは珍しい。
ヒルトンの入り口近くまでくると、細身ながらも体格の良さを伺わせるジャケットの着こなしをした男性がこちらに近づいてきた。
「ヒルトン大阪の山本と申します。齋藤様のお連れ様でしょうか。」
ついにロボットもここまで進歩したのかと思ったが、山本さんは本物の人であった。
「お迎えの方が来てくださったよ。凄いね、このご時世に人がお迎えに来てくれるなんて。」
飛鳥にフアムを送ると、
「ありがとうございます。ヒルトン大阪は最新の設備と人による最高級のサービスの融合を目指しております。」と、山本さんは丁寧な口調で語った。
山本さんの助けを借りてすんなりと部屋に入れたが、飛鳥の姿が見当たらなかった。
「おはよう。まだ着替えてる?」
広い部屋の中を見渡していると、後ろから飛鳥の声が聞こえた。
「後ろ向かないで。グラスを外して。」
言われた通りにグラスを外した。すると飛鳥の手が僕の眼を覆った。
「おはよう。お寝坊さん。」
僕が寝坊して待ち合わせに遅刻したことがあった。もう10年以上前だろうか。
「遅くなってごめんね。モコモコの飛鳥ちゃん?」
その時と同じ台詞にハテナをつけて言うと、飛鳥の手が離れた。
「後ろ向いて。」
後ろを振り向くと、笑顔で少し首をかしげた飛鳥が、手でマフラーを軽く持ち上げて、ポーズをとっていた。
「可愛い?」
「うん。可愛いよ。すごく可愛い。モコモコだ。笑」
いつかと同じ台詞を口にする。
「今度はマフラーが主役だね。」
ベルホヤンスクのホテルで可愛いと言った、緑色のマフラーを着ていた。緑色のマフラー以外は、オフホワイトやグレーの服で揃えられていた。ボア生地のコートが柔らかそうである。少し大きめのコートが小顔を強調させる。飛鳥の髪もまとめられ、耳が出た若々しい印象になっていた。
コートの襟が当たる距離に近づき、飛鳥抱き寄せた。手のひらにコートの柔らかい感触が伝わる。
「中華街行きたいな。」
僕がそう言うと飛鳥は短く返事をした。
10年以上前に飛鳥とデートしたその日、大阪の西成に新しく出来て間もなかった中華街に、二人で行ったのである。二人でゆっくり歩くことは叶わなかったが、一緒に食べた肉まんの味を覚えていた。その日も飛鳥は今日と同じ服を着ていたのである。あの時もボアのコートの柔らかい感触が、僕の肩に伝わっていた。本当に楽しそうにする飛鳥に、僕は何度も可愛いと言った。
「改めて案内をお願いしますね。ヤンさん。」
飛鳥が部屋の入り口のほうに向かってそう言うと、山本さんが歩いてきた。先ほどより細くなった印象である。
「先ほどは失礼いましました。改めまして、ヤンと申します。出身は台湾です。お二人が1日楽しくお過ごしになれるよう、私どもでアテンドさせていただきます。」
「今日は1日あげる。いこっ。」
飛鳥に手を引かれて、僕は部屋を出た。
~なんちゃって解説~
メンズノンノ2 月号の連載、
すごく良くて、色々な想像が止まらなくなった結果、できた小話です。笑
「モード」のエスニックだけど新しい印象、
「デート」のアイボリーの少しクラシックな印象と、ボア生地。
そんなところが中心です。
「コレも気になる」のオレンジ色のマフラーもすごく可愛いと思ったけど、
話に入れられませんでした。でもこれも好きです。
未来の設定で、
人々が今のスマホと同じような感覚で、「グラス」と呼ばれるメガネのような形の端末を身に付けている設定です。
「フアム」はグラス越しのライブ映像を音声つきで送れる機能で、電話の進んだ形のつもりです。
ロシアのベルホヤンスクは、Googleマップ偶然見つけた、ロシア北東部にある小さな街です。
温暖化が進んで北極の氷が少なくなれば、北極海を通って大陸を結ぶルートが出来ると言われています。そうなれば北側の沿岸にある街が今よりも発展するかもしれないな、という想像から選びました。日本からアメリカ東海岸やヨーロッパに行くのも、ひょっとすると北極海経由のほうが便利になるかもしれません。
「グラス」のようなウエアラブル端末はそう遠くない未来に登場すると言われているので、北極海ルートが出来る頃にはコンタクトレンズみたい大きさになっているかもしれません。
なので数十年単位で時間軸がずれている可能性もありますが、未来予想なので大目にみてださい。笑
中華街が西成にできるかもしれないという話は、実際に今ある話です。難しいだろうと思っていますが、星野リゾートのホテルができるぐらいなので、ひょっとするとあるかもしれません。
タイトルの「デートの日」は、デートという言葉がもっと旧い言葉になったら、タイトルらしくなるかも。
どうだったかな?
昔のことも未来のことも、考えるのが好きです。
このあとモコモコの飛鳥と、肉まんの中身がこぼれてしまわないように、服が汚れてしまわないように気を付けながら、
おいしいねって、食べるだろうと思います。
いいな。
読んでくれてありがとう。