憧憬の国

 

 少し顎を引いて振り返った飛鳥が、白とピンクの2色に彩られた指先をマゼンタの口元にあてる。じっと僕を捉えたまま離さない視線は、熱を帯びてきた。

 そこは夢の国。あの日、甘い香りの芳しく、牡丹色の水玉模様に包まれたかのような、彼女の全ての、虜になった。

 

 まだ真夏の暑さが残る、2016年の9月初旬。僕は地元から夜行バスに乗り、東京に来ていた。好きな人に会うためだ。

 僕の好きな人は、この夏18歳になった。一目で誰もが目を奪われるような美しさを持つ彼女は、東京の女子校に通う高校生で、本が好きな人だ。休日もあまり出掛けることはないらしい。らしい、というのは、僕は彼女のことが好きなだけで、彼氏でも、仲の良い友達というわけでもないからである。飛鳥は休みなく働く実業家の父を持ち、高校の部活には所属せずに、授業の無い日には父に付いて、国内外に行っていた。

 

 ちょうど1年半ほど前、卒業を控えた中学生だった彼女は、僕の地元に来ていた。その時はまだ父の仕事までには同行せず、行き帰りと宿だけを共にして、彼女は旅を楽しんでいたらしい。僕の地元で、彼女はショートケーキを食べていた。それが僕が飛鳥に出会った日だった。

 少し早い母の日のプレゼントのつもりでケーキを買いに、何度か来たことのある店に足を運ぶと、テラスの席に座って、運ばれてきたショートケーキを少しだけ嬉しそうに見る女性がいた。女性というにはまだ若い気もしたが、僕もまだ18であったし、彼女は深い光沢を放つ、黒のライダースジャケットを着ていた。テーブルの下からデニムが見えていて、スニーカーは主張の強い複雑な形と色をしていた。その街では見慣れない服装であった。しかし、整えられた前髪と、輪郭に沿うように垂らされた髪から覗く顔はとても小さく、美しい高低を描く目元や鼻とは反対に、目尻や頬にはまだあどけなさが感じられた。お皿に乗ったケーキがとても大きく見えた。そんな女性が、早春の柔らかな日差しに照らされて、遠慮がちに「いただきます」としたように見えた。

 天界の衣を脱いで降(くだ)ってきた天使が、現代の人の中に紛れ込もうとしているようだった。

 「いらっしゃいませ。」

 店内から声がしなければ、僕はずっと彼女のことを見つめていたと思う。ふと顔を見上げた彼女と目線が合ったが、努めてすぐに逸らすようにした。セイロンティーとりんごのタルトを頼み、大好きなその店のチョコレートを2つ買って、彼女の向かい側の席に向かった。チョコレートを見せるように持ちながら、生涯で一番の勇気を出し、彼女に声をかけた。

 「ここ、座ってもいいですか。」

 無論、そう聞くと彼女は困惑した表情を浮かべた。今でももう少し良い方法があったように思うが、その時の僕にはそれが精一杯だった。

 「1人がいいです。ごめんなさい。」

 あっけなく断られてしまった僕は、恥ずかしくなってケーキを今から持ち帰りに変えてもらおうかと思ったが、それを彼女に見られるのさえ恥ずかしく、腑抜けた足取りで、離れた席に座った。それからもう一度、チョコレートの1つだけを彼女にあげに、席を立った。

 「ここのチョコレートが好きなんです。良かったら。」

 そう言ってチョコレートを持った手を伸ばすと、今度は受け取ってくれた。

 「東京から来たんです。」

 彼女が座る席から声がしたのは、僕がタルトを食べ終わろうかという頃だった。

 「やっぱりそうでしたか。この辺では見かけない人やと。」

 「多分また来ます。」

 「けっこう良いところですよ。」

 「その時で良かったら、向かい合わせで座りましょう。だとしても短い時間だし、来ないかもしれませんが。それで良ければ。」

 そうして、僕は飛鳥とメールで話し、何度か会うようになった。

  飛鳥はいつも僕に連絡をくれた。こちらに来るときは時間を見つけて、1時間ぐらい、会って話をしてくれる。僕から東京に行ったこともあった。そういう形で、年に1,2回会うのが、僕らの関係である。僕のような男にとってはとても高いところで咲いている花のような女性だが、あれからずっと、僕は彼女に想いを伝え続けている。しかし相変わらず僕は彼女の彼氏ではなく、かといってはっきりと振られたわけでもない。そういう男が何人もいるのかと考えたこともあったが、話を聴いているととてもそうは思えないし、聞いてみても答えてはくれないだろう。いつの間にか飛鳥は高校3年生になり、僕は大学生になった。

 出会ってから3回目の飛鳥の誕生日が近づいていた、今年の初夏。僕はメールで飛鳥をディズニーランドに誘った。それまで1日を共に過ごしたことはなく勇気がいったが、いつもとは違う、全く非日常的な場所で、会ってみたかったのだ。しかしあまり飛鳥の好むような場所ではないかもしれないと思った。だから駄目だった時のことも考えて誘ったのだが、思いのほか、彼女も行きたいと言ってくれた。

 飛鳥は中学生の頃に友達と5人くらいで行ったことがあるそうだった。僕は6歳の夏に家族で来たことがあった。だからお互い「国」のほうには行ったことがあったが、なぜだかどうしても「国」のほうから良い予感を感じ取った僕の強い希望で、行き先は「海」ではなく「国」となった。

 

 

 まだ午前9時前だというのに、容赦ない日差しが照りつける。ひと夏の暑さを吸収してきたレンガ色の地面からも熱が立ち昇り、立っているだけでも汗を掻くような暑さだ。駅前で待ち合わせをしているであろう制服姿の女の子たちも、首元の汗を拭きとり、日焼け止めを入念に塗り直している。それを見て自分が日焼け止めを忘れてしまったことに気づいた。長時間屋外にいることの少ない夏を過ごして、すっかり習慣が無くなってしまっていた。まあ大丈夫だろうと思いながら空を仰ぐと、雲一つない快晴である。日焼けの心配よりも、今日が素晴らしい日になることを予感させる空だと思うことにした。

 不意に首筋が冷たくなった。

 一つしかない理由に顔を綻ばせながらも、飛鳥がそんなことをしてくれるだろうかと半信半疑で振り返る。

 「あっついね。」

 飛鳥は暑さに勘弁してくれという顔をしながらも、目や口は柔らかく笑っている。左手には半分凍ったクリスタルガイザーを持っていた。

 「ここ何日かでも一番だね。」

 少し顔をしかめながら、僕も歯を見せて笑っている気がする。今日の飛鳥は少しいつもと違う気がした。

 目線以外に目を向けたとき、思わず息を吞んだ。

 「可愛い。」

 囁いたような言葉になってしまった。

 舞台衣装を思わせるピンク色のトップスには細かな光沢が散りばめられていて、肩周りが協調されたパフスリーブになっている。トップスの裾がしまわれた黒いスカートはショート丈で、それ自体が久しぶりに見たものだったが、白のレースカーテンのようなパイピングがされたいる。ショート丈の足からやや大胆めに露出された脚の下には、ソールに水玉模様があしらわれたヒールサンダルを履いている。

 そして、いつもはそのまま降ろされている長い髪は頭の上で二つの丸まりとなっていて、まさにミニーマウスの耳のようだ。

 言葉を失ってしばらく見とれていると、飛鳥が半袖から白い肌の出ている腕を絡めてきた。

 いつもとの距離感の違いに内心驚いていたが、その日の僕は、まるでずっと前からそうだったかのように状況を受け入れることができた。

  結局、その日は歩いて移動する時やアトラクションに並んでいる間ずっと、腕を組んだり手を繋いだりしていた。飛鳥の小さな手は、時折少し熱くなったり縮こまるように強く握られたりして、その度に僕は自分が飛鳥の手に触れていることを感じ、それを不思議に思った。

 

 ゲートを通って入園すると、想像よりかなり多くの人で溢れている。暑さに拍車がかかりそうだ。

 正式な開園まではまだ時間があるが、少し先に進んだところに人だかりができている。首を伸ばしてみてみると、赤い水玉模様のリボンがひょこっと出ていた。

 「あれミニーじゃない?」

 飛鳥に指で示すと、僕らは小走りで駆け寄った。

 すると人だかりの中心に、短い時間で様々なポーズをしながら、写真撮影に応じているミニーマウスがいた。

 「ほんとだミニーだ!」

 近づき、姿を見た飛鳥が、意外なほど嬉しそうな歓声を上げた。目を輝かせていた。

 人だかりの後ろで順番を待っていると、グリーティングの順番が回ってきた。僕はカメラを手に持ち、二人と景色がバランス良く映る頃合いを探す。

 飛鳥が人だかりから前に出ると、周りにいたいくつかの女の子のグループから、歓声があがった。自分を指さして驚いたような少し困惑したような表情をした飛鳥が、ミニーマウスの肩に寄り添い、ミニーマウスに向けて、僕の持つカメラを指さす。人だかりの視線が一度僕に集まる。恥ずかしくない服装をしてきたつもりだが、視線を感じるなかで、僕は飛鳥の何に見えているだろうかと心配になる。カメラで自分の顔を隠すようにして写真を撮った。

  ミニーに寄り添うように身体を横にして、腰を少しだけ曲げたポーズが本当に可愛いかった。今日の服装もより映えていた。

 

 

 開場になると、僕らは小走りでゲートから一番奥まった場所にあるエリア、「クリッターカントリー」を目指して急いだ。シンデレラ城の広場を左奥に向かって通り過ぎ、カウボーイが馬に乗って登場しそうなエリアを行く。右手にはパークマップを広げて持ち、左手で飛鳥の手を握っていた。まっすぐに進むと、目的地である水辺のエリアが見えてきた。岸に沿ってさらに奥えと進み、行列が予想されるアトラクションの一つである、「スプラッシュマウンテン」に並んだ。

 早く並んだ甲斐もあって、次の回で乗れるだろうというところまで、1時間ほどで来ることができた。

 水がかかっても気持ちいいぐらいだろうなどと言っていたが、僕は本当は少し緊張していた。なにしろ遊園地自体がかなり久しぶりで、特に急流すべりの類いはあまり得意ではないのだ。最初にアトラクションに行こうと言う飛鳥に引っ張られ、言い出せないまま来てしまった。 

 「外から見た感じだと、けっこうくだってたよね。」

 アトラクションに乗って進み始めてからようやく、横に乗る飛鳥に聞いてみる。すると意外な返答が返ってきた。

 「え、苦手だったの?私もあんまり得意じゃないけど、としひろくん普通に好きそうだったから。もう乗っちゃったよ。」

 「飛鳥さんも苦手だったの。えー、なんだ。この際一緒に死のう。」

 「なんでよ。死なないよ。」

 結局、僕らは左手と右手でぎゅっと掴み合って最後の急流をやり過ごした。

 ディスプレイに飾られた記念写真で自分たちの顔を見ると、飛鳥は両手を挙げて叫んでいるように見えたが、僕は顔面蒼白で縮こまっていた。

 「無理するから。」

 飛鳥が僕のほうを向きながら写真を指差し、小馬鹿にしたように笑う。その瞬間に小さな女の子と男の子に戻ったかのように、高揚感と安心感を一緒に感じた。

  クリッターカントリーを後にし、先ほど通ってきた「ウエスタンランド」に足を運んだ。

 「スリル系のはちょっとやめとく?」

 首を少し傾けて、こちらを心配するように飛鳥は聞いてくれる。

 「いや、急流すべりが苦手だっただけで、ジェットコースターは大丈夫だよ!」

 「ほんとに?そんな人いる?」

 飛鳥は信じられないというふうに笑っていたが、ジェットコースターは大丈夫だというのは本当である。理由は自分でも分からないが、昔からそうだ。

 そういう訳で、僕は懲りずに「ビッグサンダーマウンテン」のためにファストパスを2枚買った。しかしファストパスでも待ち時間が発生しているぐらいだったので、お昼時に乗ることにし、「シューティングギャラリー」に入った。

 「子供向けかと思いきや、けっこうおっきいね。」

 「ね。ちゃんとしてる。」

 1mぐらいありそうなモデル銃を台に置き、高さを調節する。左手を伸ばして添えてみると、今日は腕を伸ばしても震えがなかった。距離が短いこともあり、僕でも何度か綺麗に的に当てることができた。

 「良い感じだね!できるかな~」

 飛鳥が持つと尚更大きく見えたが、飛鳥は器用に使いこなし、ダイナー風の部屋の中に所々設けられた的に向かって次々と弾を当てる。

 「これけっこう楽しいかも。」

 「上手いね!これあれだね、キャラメルとかポッキーにして欲しいね。」

 「それは屋台の射的ですね。」

 お菓子の名前を口にすると、まだお昼を食べてないことを思い出した。

 「これ出たらやっぱり先にお昼にしない?」

 乱れ撃ちといったふうに勢いで撃ち続ける飛鳥に声をかける。飛鳥は前を向いたまま何か返事をし、銃を置いてこちらを向いた。

 「私もお腹すいた。」

 飛鳥がそう言っているのを見たのは初めてのはずだったが、ずっと前から何度も聞いたことのある言葉のような気がした。

 その時、真夏の汗ばむような空気が一瞬和らいだ。少し冷たさをも感じる風が、僕の背中側から吹き抜けていった気がした。

  「ペコスビルカフェ」という店でポークサンドとチュロス、ジュースを買って食べた。暑いからアイスでも食べようということになったのだが、同じエリアの中でアイスを売っている店はなく、広場のほうまで少し歩くことにして店を出た。

 しかし店を出ると正面に、先ほどまではなかったはずのシャーベットのワゴンがあった。

 オレンジシャーベットとレモンシャーベットを買い、はちみつ樽のような形をした容器に入ったシャーベットをそれぞれ持ってベンチに座った。

 「こんなに暑い日に食べるアイスは最高ですね。」

 オレンジ風味の爽やかな冷たさが口の中に広がる。口が綻んでいるのが分かる。

 「最高ですね。」

 隣に座っている飛鳥も、美味しそうに食べている。そんな飛鳥を見て、いつもは頼めないことを頼んでみようと思った。

 「飛鳥さん、レモンのちょっとください」

 「いいよー」

 飛鳥がレモンシャーベットの入った容器を僕の手前に寄せる。

 「そうじゃなくて、あーんして欲しい」

 飛鳥は怪訝な表情をつくったあと、大きな声で笑った。

 「いいよ。してあげる。」

 レモンシャーベットはオレンジのよりも少し酸味があった。

 僕がスプーンに少しシャーベットをすくうと、飛鳥は斜め上を見上げるような向きになって口に入れた。

 「うーん。やっぱりお母さんのほうが上手だったかな。」

 「え、どういうこと?」

 「それはひみつ。」

 人指し指を口の前で立て、飛鳥は子供に秘密をつくるようにそう言った。

 

 「ビックサンダーマウンテン」に乗るため、ファストパスのエリアで待っていたはずなのである。飛鳥と一緒に。しかしほんの少し僕が降りてくるコースターを眺めていた間に、飛鳥がいなくなってしまった。電話をしても繋がらず、暫く待っていても帰ってこず、途方に暮れていた。

 後方に飛鳥がいないか目を配っていると、大きくて弾力のある手のような感触が、ポン、ポンと左肩を叩いた。

 振り返るとそこには確かに、ミッキーマウスがいた。

 ミッキーマウスは僕に手招きをしていた。「こっちに来て」と言っているようだった。彼が差し出した右手を掴み、足早に先を行く彼に導かれるまま、僕はパークを駆けた。不思議と周りは一切気にならず、僕は彼に付いていかなくてはならない気がした。

 ポップなデザインが目立つ、まさに絵本の中の世界にいるかのようなエリアに入った。

 少し進んだところで、立ち止まったミッキーマウスが、腕を広げて方向を指したように見えた。その先には、ピンク色に彩られた建物があり、「ミニーの家」と書いてあった。なぜか僕は、そこに飛鳥がいるといことが確信めいて分かった。

 ゆっくりと、「ミニーの家」の入り口に向かって歩いていく。ちょうど僕が入り口に着く頃、飛鳥が出てくると感じた。

 家の玄関にあたるところで足を止めると、中から飛鳥が出てきた。

 笑顔で、ミニーマウスを伴って。

 ミニーと腕を組んだ飛鳥は、本当に可愛く笑っていた。

 夢の国は、全てのこどものためにあるのだ。女の子は、幸せそうに笑っていた。

 ミニーと共に、出てきたばかりの家に向き直る。ミニーと顔を近づけ、飛鳥は何かを耳打ちされたようだった。

 少し顎を引いて振り返った飛鳥が、白とピンクの2色に彩られた指先をマゼンタの口元にあてる。じっと僕を捉えたまま離さない視線は熱を帯びてきた。

 赤いリボンが飛鳥の頭の上で揺れる。飛鳥とミニーはそれぞれの赤いリボンに手をあてた笑った。ミニーから差し出された飛鳥の顔ほどあるキャンディーを受け取り、飛鳥はまた僕を見つめた。

 いつの間にか、僕の胸元にも蝶ネクタイが結ばれ、頭には飛鳥の服と同じ、白いドットのシルクハットが被っていた。

 初恋を知った男の子のように、僕は顔をあからめる。

 心に浮かんだ言葉を、素直に口にした。

 「ずっと、一緒ですよ。」

 

 2人分のコーヒーを淹れてテーブルまで運ぶ。

 読んでいた文庫本を閉じた飛鳥が、礼を言って受け取る。少しだけ間を空けて、僕は飛鳥の右隣に座る。

 「何の本読んでるの?」

 まだ熱いコーヒーを一口飲んでから、飛鳥に聞いた。飛鳥はカップの取っ手に手を添えたまま、少し間を置く。

 「うーん、今のはまだ秘密。読み終わったら言うかも。でも言わないかも。」

 そう言って飛鳥はコーヒーを口元に運ぶ。

 「まだ熱いよ。ちょっとやけどするかも。」

 「じゃあ先にケーキからいただこうかな。」

 僕らの前には、一つずつ、イチゴのショートケーキが並んでいた。旬の苺がふんだんに使われた贅沢なショートケーキだ。

 暫く二人とも静かにコーヒーとケーキを楽しんでいると、フォークを置いた飛鳥が、何気なく口を開いた。

 「若い頃、10代の頃とかに、こんなことしたかったなって、思ったことってある?」

 「若い頃にしそびれたことってこと?」

 「うん。こういうこと憧れてたけど、できなかったなー、みたいな。」

 飛鳥から昔のことを聞かれるのは珍しかった。

 正直に言ってしまえば、憧れていたことは多くあったかもしれない。そのうちの幾つかは、若かさがないとあまり楽しめないかもしれない。でも僕は、そのことを思って後悔したことはなかった。僕にとってそれよりももっと特別な経験や幸せを得るできたという確信があった。

 「憧れたことはあったよ。いろいろ。若い時じゃないと出来なかったこともあったか   もしれない。でも僕は、自分の青春そのものである女の子の、誰よりも輝いている姿 を、本当に眩いばかりの姿を、この目でみることができた。もちろん今も。それは他の何にも決して代えられない、僕にとって本当に夢の景色だったと思うよ。だから、できなかったというより、選んでやらなかったこと、かな。あったとしても。」

 「嬉しいこと言ってくれますね。」

 「あすだってそうでしょ?アイドルとして芸能人としてできたこと、何かに代えたいとは思わないでしょ。」

 そこまで言ってしまったところで、飛鳥が少し笑いを堪えるような表情をしていることに気づいた。僕と飛鳥の会話は、こんなことがよく起こってしまう。これは昔からだ。僕は言葉を止めて、飛鳥と同じような顔をする。機を得た飛鳥が、笑顔で言った。

 「私もそう思ってるよ。楽しかったし、信じてた。でもね。」

 飛鳥が静かな口調を崩さないように、でも笑いを堪えられないという様子になる。

 「この流れで大変言いづらいんだけど、今度、やり残したことを一つ、一緒にやりませんか。」

 そう言って飛鳥が見せたのは、ディズニーのチケットだった。

 僕は思わず顔がほころぶ。とても嬉しかった。

 「ミニーちゃんだね。」

 拳を頭の上に乗せてポーズをとってみる。すると飛鳥は外国人の売り込みを断るかのように、大きめに断るポーズをした。

 「あれは撮影だよ。一日中も形は維持できないし、もちろんアトラクションだったり濡れたりも駄目だし。」

 飛鳥からそれを聞いて、そうか、と思う。

 あの時の飛鳥も本当に特別であったことを、改めて思った。

 「でもあの時のあす、ほんとに可愛いかったよ。叶うならまた見たい。」

 呟くような声に、万感の思いを込めて言ってみる。

 「ありがとう。でも昔の自分には勝てないよ。」

 コーヒーが半分くらい残るカップを眺めるようにして、飛鳥が言った。飛鳥の頭の中で、昔の映像が流れているのだろう。

 「そうかな。今のあすなら今度はドレスが似合うと思うけど。」

 是非深い緑色のを着て欲しいが、水玉模様が入っているのでもいいかもしれない。それなら、黒か赤だろうか。

 「ドレスなんてもっと着ていけないよ。」

 自嘲気味に言いながらも、目は少し笑ってくれた気がする。そうなのだ。たとえ幾つになろうが、男は深く愛する女性のどこかに、女の子らしい瞬間を探してやまないのだ。

 最後の一口を口に運んだ飛鳥の頭に、丸い耳が見えた気がした。

 

 

 

 

 

あすが表紙だった、sweet3月号からでした。最初にあの表紙を見たときから、こういうイメージにしようとすぐに浮かんだんだけど、こうして文章にしようとすると、意外に時間がかかってしまいました。やっぱりあの撮影の雰囲気は、なかなか他の舞台では表せませんね。それだけ特別なものだったということだと思います。

初めて出会ったときの描写での髪型や、大きなキャンディーを使って、CUTiEの初登場初表紙だった時のイメージを少しだけ入れてみました。

やっぱりあの時は生まれ変わったぐらいのターニングポイントだったと思うし、特に今回の表紙は、あの時からずっと繋がっていることだと思います。最初に今回の表紙を見たときから、どことなくCUTiEのときみたいだとも思いました。展開はめちゃくちゃになってしまいましたが、どうしても入れたかったのです。

最後のコーヒーとケーキのシーンの二人は、それまでの二人とは別人です。こっちの二人のほうが、事実には沿ってるかな。

 sweetの表紙、本当におめでとう。そしてありがとう。

またいつか、見られますように。